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佐賀家庭裁判所 昭和54年(家)206号 審判 1979年5月10日

申述人 岡村清 外二名

主文

各申立人らからの、被相続人岡村壮吉の相続を放棄する旨の申述を受理する。

理由

申立人らは、別紙のとおり申述書を提出した。

証拠を見るに、被相続人の除籍謄本によれば、同人死亡の日時は、昭和五二年三月一一日午後一時二五分であるところ、本件における申立人らの「相続放棄の申述」の申立書が当庁に受けつけられたのは昭和五四年四月二日であつて、被相続人の死亡後三箇月を過ぎていることは明らかであるので、民法九一五条の定める三箇月の期間との関係が問題となる。ところで、申立人らの各戸籍謄本、昭和五四年一月二一日付執行文付与の記載ある公証人○○○作成にかかる債務承認並弁済契約公正証書謄本、右証書上の債権者である林義三郎に対してなされた申立人らが岡村壮吉の相続人として、相続放棄・限定承認の申述をしていないことを証明する当庁書記官○○○作成の証明書、申立人ら提出にかかる昭和五四年三月二三日付○○新聞記事の切抜一葉、並びに申立人ら及び執行官○○○に対する家庭裁判所調査官○○○○作成の調査報告書を総合すると、申立人らの申述書1ないし4記載の事実関係及び昭和五四年二月上旬申立人らに対してそれぞれ公正証書謄本が送達されて後、三月二三日に新聞紙上で「被相続人が借金を残していたことを相続人が知らなかつたときには、形式上は相続していても、返済義務はない」旨の大阪高裁三月二二日付裁判例を知り、司法書士と相談の上、あえて申述書の提出に及んだ経緯を認定することができる。

案ずるに、民法第九一五条の「自己のために相続があつたことを知つた時」とは、単に相続人が相続開始の原因たる事実及び自己が相続人たる事実を知つたというに止まらず、積極的にせよ消極的にせよ、なんらかの遺産が存在しているとの認識を要するものと解される。その理由は次のとおりである。

相続の承認・放棄は、相続の開始によつて相続の効果を一応発生させながら、近代社会における個人意思尊重の理念から、その効果を受諾するか否かの自由を相続人に認めたものであるから、観念的な文理解釈からすれば、遺産中の積極財産と消極財産との多寡と、承認・放棄のいずれを選ぶかとは、関連するものではなく、消極財産が多くとも敢て承認し、積極財産多くとも敢て放棄するの自由が相続人にはあるのであり、実際にもそのような事例が存在することは当裁判所の職務上つとに知悉するところである。

しかしながら、少なくとも相続の放棄について言えば、積極財産の方が多いのに放棄するということは、例えば被相続人との間に相続承認をいさぎよしとしない関係があるとか、他の相続人へのなんらかの顧慮が働くとかいつた、当該相続人に特段の事情が存在する場合に限るのであつて、一般的には、消極財産の方が多い遺産相続において、その故に放棄が行われるのである。民法第九一五条がいわゆる考慮期間を定め、その伸長を許し、承認又は放棄の前に相続財産の調査をすることを認めているのも、相続人が一般にそういう「経済人」的行動に出ることを事実上の前提として暗黙に予想し、そのための制度上の手当をしているものと考えられる。従つて、同条の要件としての「相続の開始があつた時」との文言の解釈においても、そういう事実上の前提を顧慮することがむしろ相続の制度の実際に即するとすべきである。

このようにいつても、それを「遺産の内容を知つた時」例えば、消極財産の方が多いことを知つた時、と解すべきでないことは当然である。けだし、それでは、そのあとの考慮期間の定めそのものが無意義となるからである。問題となるのは、遺産の存在が全く認識されていなかつたため、特に、積極財産が皆無であるため遺産が存在していないと誤認されたまま、法定の三箇月を徒過した後に、消極財産が判明したことによつて、初めて遺産の存在が認識されるに至つた場合であろう。このような場合、既に考慮期間が経過したと扱つて相続人に消極財産を相続させるのでは、相続人に「経済人」的行動を期待する制度の前提と矛盾することとなる。もつとも、財産調査をしなかつたこと、あるいはそれが不徹底不十分であつたことを相続人に責め、遺産の存在の認識時期について「通常人の認識しえた時」とする議論の余地は残るが、相続人にとつて、遺産中積極財産の存在は判明し易いが、消極財産は必ずしもそうではなく、被相続人に対する債権者が積極的に権利を主張してこない限り、相続人としてはその存在を確知しようのない場合がありうる。およそ権利存在の主張立証の、いわゆる証明責任は、これを存在すると主張する側の負担とするのが一般であることも考え合わせるべきである。結局「認識しえた時」と解するのでは、相続人が遺産が全く存在していないと考えている場合にも、将来万一なんらかの遺産が発見されることをおもんばかつての放棄をなすべきであると解するのと異ならないことになり、相続人に酷であるのみならず、かかる放棄は、放棄の対象である財産が未確定であるので、放棄の意思と発生すべき効果との間の齟齬という問題点が生じることにもなろう。

こういう難点を避けるためには、右のような場合、被相続人債権者からの主張その他なんらかの契機によつて消極財産の存在が判明し、相続人として今まで積極的にも消極的にも不存在であると考えていた遺産が実は消極的には存在していたと知つた時、換言すれば「なんらかの遺産の存在を現実に認識した時」を以て、法条の要件である「自己のために相続の開始があつたことを知つた時」と解するほかはない。(先の説示で触れた大阪高裁の裁判例の事案なども、詳細は不明ながら、右のような解釈によつて放棄の申述を受理していれば、この形の事案としては存在しなかつたものと思料される。)

当裁判所は、民法第九一五条の規定する放棄の期間の起算点につき右のように解するところ、前記認定によれば、本件各申述が期間内であること、いずれも真意に基づくこと明らかであるから、本件各申述を受理することとする。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 倉田卓次)

別紙 申述書<省略>

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